日本に学ぶ食の知恵「山を育て、野を耕し、海で貯える」 vol.
09
「あぶり」で暮らす集落地区
三重県尾鷲市梶賀。
もったいない意識で溢れた大切な集落で学ぶ食文化
もったいない意識で溢れた大切な集落で学ぶ食文化
「炙る」(あぶる)という調理技法がある。
火が薫ると書いて燻すであるが、肉という意味の文字の下に火をかざすと「炙る」になる。
肉を香ばしく焼くためには少々強い火力が必要となり、燻すような弱い熱量では肉に火が通らない。
古来、人間は加熱処理をして食の安全を得てきた。
肉をそのまま直火で炙るというのは自然で基本だ。
そういう意味でこの火をかざす作業は非常に古典的でありつつも、素材を生かす調理技法といえる。
三重県尾鷲市。
東京から順調に列車を乗り継いでも、5時間。下手をすると7時間かかる。
ここは深く切れ込んだ自然の良港であり、熊野古道を控えた歴史豊かな町である。
特徴的なことは12の浦があつまって構成される町であることだ。
それぞれの浦にはそれぞれの方言があり、それぞれに食文化がある。
「さかなごはん」と言われる魚介の炊き込みご飯が、ちゃんと12種類もある町は日本では類を見ない。
その浦のひとつに「梶賀」(かじか)がある。
この梶賀に「あぶり」という食べ物があり、古くから作り継がれている。
梶賀という場所は、今でこそ道が整備され、車で行きやすくなったが、その昔は、つづれ折る海岸線の道を通り、尾鷲市街地からでも半日かかったという。
この地は日本一の雨量を記録する。
雨の日が多いということではなく、一旦降り出した雨がとてつもなく強く、普通の傘では耐えられないため、骨の数が多い「尾鷲傘」が生まれるほどだ。
当然台風も多く来る。
そしてこの集落は孤立することが多かった。
この厳しさが「あぶり」を残すことになった。
「あぶり」の作り方はこうである。
・魚を選別し、下処理する。
・魚が浮く程度の塩水に浸す。
・水気を切り、串に刺す。
・網を乗せた炙り台に薪をくべる。
・火が安定するまで待つ。
・魚を乗せて、場合により蓋をする。
・表面がこんがりとなるまで待つ。
・魚を重ねつつ、火を魚に取り込む。
・色の付き具合をみて、重なりを調整。
・全体の水分が飛び、色付けばよい。
傾斜の強いすり鉢のような地勢の入り江。
畑は少ない。
自然の猛威で集落が孤立することも多い。
幾日も海が荒れた中、この「あぶり」は、栄養補給できる大切な保存食として、この地に生き続ける。
日本各地で時代を継ぐ料理を勉強し、食べ物の正しいありかたを伝えている、株式会社良品計画、カフェ&ミール事業部の方々と、10月のある日、この地を訪れた。
使われなくなった網元の家を地元の方々が借り受け、地域活性の拠点としている「網元ノ家」。
地域おこし協力隊の若い二人の支援を受け、この地のおかみさんたちが、「あぶり」を軸に活動している。
中に入ると懐かしい日本家屋の様子が広がりつつ、若い感性の垢抜け感もある客間に将来を感じる。
訪れた日は、さばこの様な小魚が集まらない日であったため、新たに取り組み始めた地元のブリを使用したものだった。
塩漬けをした魚を炙る熱源は、山桜や馬目樫。
馬目樫は紀州備長炭の原材料して有名で、手に入りやすい。
梶賀ではどの家も「あぶり」用の台があり、一斗缶やドラム缶、縦にしたり、横にしたりと家に合わせて作られている。
興味深いのは、家によって薪の種類を変えるところだ。
シンプルな塩と素材の味を引き出す、好みの薫り。
飽きないための味づくりは、五感によって生まれるという、食の基本がきちんと生き続けていた。
さて、味はというと、こんがりと炙られたブリは驚くほどしっとりしていて旨い。
燻製ほど強い香りではなく、噛みしめるほどに穏やか。
ほどよい塩味に本当の魚の味わいを知る、稀有の技術である。
お供のご飯が進み過ぎるほど、旨いのだ。
この日「勉強になれば」と作っていただいた梶賀のお膳。
しみじみと、ただしみじみと魚の美味しさと触れた。
献立は、下記のとおり。
・とれたて鰤の甘い煮つけ
・冷凍して残しておいた赤イカの自家製酢味噌
・近くの漁師にもらったカツオの刺身
・沖ギス(ニギス)のつみれ汁
・菜っ葉の軸までおいしい目はり寿司
・今日は生姜を入れたサンマの棒寿司
更に私たちは、これぞ漁師の喰い方という料理を教わった。
熱々のご飯にカツオをのせ、更にマヨネーズをブシュっと男らしく。
そして醤油と熱々の番茶をかけて、少し魚に火を通す。
カツオの生加減は自分好みに。
ガサガサっと食べると、カツオの小さな酸味が小気味よく、そしてマヨネーズと重なる。
醤油の塩味が全体をまとめ上げ、腹の中から元気がミナギル。
梶賀の漁師は朝から餅を食べるという。
焼いた餅をごはんに乗せて、お茶を注ぎ、塩をふる。
その名も「餅茶」。
今どきの言い方をすると、焼き餅のっけめしだ。
熱い餅がお腹の中を温めて、寒い漁に出る。
温石(おんじゃく)という言葉が禅の世界にある。
温かい石を懐にいれておくと、空腹がしのげ、修行に励めるということから、茶道では大切な言葉だ。
この地は紀伊半島に広がる修験道にゆかりがある。
勇猛な熊野水軍や落ち武者文化もある。
様々な食習慣がその日を暮らす人々に「温」を与えた。
この日、小さな発見があった。
ご一緒した京都の方のお祖父さんが、毎朝、この餅茶を食べていたそうだ。
根っからの京都人が、である。
歴史から紐解く必要もないほど、食は人と道をたどる。
三重県尾鷲市梶賀の網元ノ家では、「あぶり」を販売している。
そして訪問すると、餅茶セットやぜんざいというおやつも提供してくれる。
全て梶賀の物ばかり。
上級磯釣り師が集う場所であるが、自然が織りなす素晴らしい景色を収めようとする写真家も増える場所。
是非、また釣竿を片手に小さくて大きな安堵感をかみしめたいものだ。
「梶賀のあぶり」
小サバ1串(15~25匹) 800円
大サバ開き(1尾) 800円
ブリ切り身2切れ 800円
ブリほぐし身(60g) 500円
取り寄せ情報
網元ノ家 ご担当は中川さん
TEL:090-7823-1789
E-mail : m_nakagawa2001@mercury.ne.jp