勉強になる「今月の一軒」 vol.
03
クッチーナ・ヒラタ(CUCINA HIRATA)
勉強になるテーマ
老舗への近道はない
日々流れる「普通の忙しさ」に負けることなく、奢らず、ひたむきに、そして素材に忠実に・・・。
それらを重ねた末に、老舗という文字がついてくるものである。
今月の勉強になる一軒は、東京の麻布十番にあるクッチーナ・ヒラタ。「老舗」になる資質を学ぼう。
飲食激戦区、麻布十番にあって、安心感ナンバーワンのイタリアンと言えばクッチーナ・ヒラタだ。他にはない。
「安心感」と書いた。もっと付け加えると「誰にとっても安心感を得る店」と言っていい。料理店を営んでいる者、あるいはそれに関係する人は必ず一度は行くべき店である。
学ぶべきはこの「安心感」を積み重ねる姿勢こそが、長年実力をブラッシュアップしながらお客様に愛される店、つまり「老舗」へと進む糧であることを教えてくれるからだ。
では、クッチーナ・ヒラタの何が安心感を与えるのだろうか?
ある日のことである。仕事がらみで4名の食事となった。セッティングは日本を代表するフードライター後藤晴彦氏であり、その眼力と経験則に間違いはないと信じてはいるものの、初めての店というものは常に不安を抱くものである。たいていはこの緊張感、アルコールが回るまでなかなか消えないものであるが、この店は違った。メニュー説明をしてもらっている最中に全て消えてしまう。
理由はこうだ。
通常、作業の流れを作りたいレストランは、厨房やサービスの段取りを優先させるが故にコース料理を選ばせる。デザートまで先に聞かれることもある。初めての店で、デザートまで決めさせるというのはまったくの暴挙であり、羽交い絞め状態だ。
ところがクッチーナ・ヒラタは違う。優しい笑みの中にプロの視線を持つマダムが、パスタ料理までを丁寧な説明を交えて明るく話してくれる。特筆すべきは、この言葉。
「まずは、パスタまでにしておきましょう。お腹の都合で、別のオードブルやパスタをご注文されても結構です。」
人は毎日体調が異なり、それに合わせて食欲も変わる。それが4名重なって訪れるとなれば、それぞれの主張がまちまちになることを理解していることはもちろんのこと、自らの店の美味しいものが、滞在時間の前半に必ず1品はあるのだという主張を知らず知らずのうちに施しているからである。
これはイレギュラーを怖がらない、極めて高い集中力と、鍛えられた精神力があってこそ、成し得る事なのだ。
言い換えるならば、「顧客満足の追及とは不平等感をなくすためにどれだけお客様の心理に添いながらサービスできるか否か」に尽きる。並大抵のことではないが、この店はサラリとやりのける。
料理は上質。シンプルにして贅沢な味わい。リクエストされた盛り量の調節も自由自在の厨房力。どれをとっても過不足はない。
外食店舗を経営する身にとって、店が繁盛するのはもちろんのことながら、その屋号が未来永劫へと命がつながることは至福の喜びとなる。そのためには、日々、「心」を鍛え上げよう。その連続と集合が老舗の看板をえる権利を持つと言えるのだ。
末筆ながら、「青唐辛子のパスタ」。
毎日食べたい。