勉強になる「今月の一軒」 vol.
01
アノニム[anonyme]
勉強になるテーマ
感動するシェフの悩み
このお店には「大いなる悩みが美味しさや、期待感につながっている」ことが沢山見える。
これから飲食店を開業しようとしている方、あるいは今を悩む小型店舗のオーナーさんたちにとって、
とても勉強になることは間違いない。
もちろん料理の質そのものの勉強になることは言うまでもない。
「兵庫県庁にほど近い、細い路地に入った場所にあるアノニム。カウンターのみの小さなお店であるが、独創性と平常性の間を行くことで、不思議な満足感を得ることができるフランス料理店だ。
シェフの名は加古拓央。
ただし今まで加古シェフが提供してきたパテが美味しいビストロとは全く異なる店舗へと変貌を遂げた彼の進化型店舗である。
料理人や経営者は初めから自分の思った通りの店を出せるとは限らないし、営業しているうちに「ああでもない、こうでもない」と考えを巡らせながら骨格を強くしてゆくものだ。
このアノニムを運営する前に「エスパス」というお店を経営されていた。正に骨太のビストロであっていろいろなところを食べ尽くした人が安らげるフレンチであった。それをこともなげに閉店し、決して良いとは思えない場所にひっそりとオープンした。料理に荒々しい一面はないが、挑戦的。もちろん美味しい。
しかし、日々の料理にどことなく「悩み」を感じざるを得ない。この悩みこそが、アノニムという店そのものであって、それが無くなると面白くなくなるだろう。例えばこんな料理だ。
燻製したじゃが芋のマッシュと肉のペースト。
口の中で双方が溶け込む間に、いろいろな味に変化しながら胃の腑に落ちる。シェフはその食べている様子を背中で感じつつ、あるいは横目に見ながら次の料理へととりかかる。旨いと感じるだろうかという不安はないが、さりとて確信もない。料理を食べるにしたがって、次第に客に「あぁ、気になっているなぁ。悩んでいるなぁ」と伝わってくる。それが、とても嬉しいお店の登場なのである。
そもそも一流と呼ばれる店をあずかる人にとっては毎日が悩みであり、時々刻々解決である。またそれでなければ前進などあり得ない。
アノニムに訪れる客は「食べ飽き症候群」が多いだろうし、神戸の消費者自体がそういう傾向だ。そんな街にあるからこそ研ぎ澄まされた逸品にも会える。
加古シェフにこう伝えたい。「あなたに満足の地はないのだ」と。